今日から四回シリーズでルツ記をご一緒に学んでいきたいと思う。今朝はナオミの信仰に焦点を当てよう。ルツ記には神の恵み、神の摂理ということを見て取れるが、人間の側から言えば、ナオミの信仰がこの物語の出発点となっているということを知る。では、ナオミについて見ていこう。「ナオミ」という名前は日本人的と思いきや、そうではなく、日本人の「ナオミ」という名前は、もともとルツ記の「ナオミ」に由来していて、これが日本にもたらされた可能性が高いことを知った。外国ではルツ記のナオミの信仰にあやかって「ナオミ」と命名することがけっこうあった。ある日本人がこのナオミという名前を気に入って、生まれてきた女の子に「ナオミ」と命名し、それが広まったと言われている。さて、元祖「ナオミ」はどのような人であったのだろうか。

物語の時代は、士師記の時代である。一般に暗黒時代と呼ばれる暗雲立ち込める時代である。紀元前1200~1300年頃であろうか。ユダの地にききんがあった。ナオミは夫エリメレクと二人の息子といっしょに、ユダのベツレヘムに住んでいたが、ききんに際して、モアブの地に移住する決断をした。この書の主人公であるルツはモアブ人であるわけだが、イスラエル人とモアブ人は長年敵対関係にあった。モアブ人について歴史を辿ると、アブラハムのおいにロトがいた。ロトの長女はロトが酒を浴びて眠っている間に、近親相姦の罪を犯して子どもをもうける。その子がモアブである(創世記19章30~38節)。モアブ人はイスラエルの民がエジプトを脱出し、荒野を放浪している時、女たちを使って巧妙に誘惑し、みだらなことをさせ、偶像の神々にいけにえを献げるように罠をしかけた(民数記25章)。またモアブの王は占い師のバラムを雇って、イスラエルを呪う預言をさせようとした(民数記22~24章)。モアブ人たちはケモシュと呼ばれる忌み嫌う神を拝んでいたことで知られていた。人身御供が伴うこともあり、性的な堕落がつきものだった。モアブ人はイスラエル人にとって親戚関係にありながら、忌み嫌う人たちでしかなかった。ナオミたちは、この忌むべき異教の地に旅立ったのであった。好んでではなく、食べて生き延びるために、いたしかたなくである。では、そこまでの決断をさせたモアブの地は肥沃な土地であったのかというなら、モアブの地は決して肥沃な地であったのではない。モアブの地自体、非常に荒涼とした地域で乾いた地だったのである。それでもベツレヘムよりはましだという判断を下したのだろう。江戸時代、冷害となり飢饉が襲った時、青森などから多数の人が越境して秋田に向かった話は有名である。街道沿いに行き倒れの死体が累々と横たわっていたという。秋田に来るなと追い返した話も伝えられている。秋田も冷害の被害をこうむっていたが、青森よりはましだったわけである。

ナオミたちがモアブ地に移住後、苦労を強いられるのは想像に難くない。彼らは移民として容易に受け入れられたのだろうか。食べるものは十分にあったのだろうか。モアブの地で夫エリメレクが死に(3節)、二人の息子は結婚後に死んでしまう(5節)。早死の原因は病気なのか事故なのかわからない。いずれ生活の厳しさが引き金になったことは間違いないと思う。こうしたことが移住後、約10年の間に起こった(4節)。私はこの記事に、いくつかの移民の物語を思い浮かべた。一つは戊辰戦争後の会津人の斗南への移民。会津藩士は再興の地として青森県と岩手県の一部の斗南を与えられ、斗南藩として再出発する。斗南は事実上、会津人の流刑の地。明治3年に1万7千人が移住したわけだが、零下20度を越える寒さと食糧不足から、明治3年の冬を越せない者も少なくなかったという。生き延びた人たちも、痩せた土地の開墾は多難に満ち、飢餓で苦しんだという。また同じ頃、北海道開拓も始まった。寒冷地で体を壊す人、ヒグマに襲われて命を落とす人、苦労話は様々ある。また同じ頃、海外移民政策が始まり、夢を追って海外に出て行く人が増えていった。よく耳にするのは南米移民の苦労。実際は移民というよりも棄民(祖国に捨てられる)政策だったと揶揄されることが多い。入植した地は南米の密林、荒野。聞いていた話とずいぶん違うと、厳しい現実に戸惑うことに。移民たちは多難な日々を過ごすことになる。日本への移民もあった。1910年の日韓併合の後、朝鮮半島出身の移民が日本本土に42万人。ジャパニーズ・ドリームの夢をもって成功した人もいるが、ご存じのように殺されてしまう人、労働で命を落とす人、肩身の狭い思いで暮らさなければならなかった人たちが多数いた。私の実家(会津)の近くには、建設当時、東洋一と謳われた鉄橋があるが、朝鮮人たちが工事で命を落としていると聞いている。

ナオミは本国でのききんの経験もつらかったと思うが、やむにやまれず移住した異教の地で、言葉にはできない苦労を味わい、そして夫と息子の二人を亡くしてしまう。家を継ぐ権利のある孫もまだ生まれていない。残されたのはやもめ三人。飢饉の時代はまだ続いていた。しかも異国の地。人生終わったという感じ。耐えに耐えて、耐え抜いて生きてきて、こんな結末。こんなことになるなら、ベツレヘムから離れないほうがまだましだったと後悔したのではないだろうか。彼女は自分の一生は何だったのだろうかと、一筋の希望も見えなかったと思う。彼女は、ただのみじめなおばあちゃんで一生を終わってしまうのだろうか。確かに、モアブ人にはみじめであわれな外国人のやもめにしか映らなかっただろう。

彼女は、せめて母国で生涯を閉じたいとユダの地に戻ることに決めた。最初、二人の嫁も連れて帰るつもりのようであった(6,7節)。ところが途中、気が変わり、嫁たちは返して、自分一人で本国に戻ろうとする(8,9節)。ナオミは心の優しい姑だったことがよくわかる。「嫁たちにつらい思いをさせてはいけない、苦労をしょい込むのは私一人で十分。嫁たちに甘えようとしていた私が浅はかだった」。ナオミはやもめとなった嫁たちの今後を気づかい、帰るように一生懸命説得する(12~13節)。ナオミはモアブ人の彼女たちがユダの地で再婚相手をみつけることができるとは考えていなかった。「彼女たちを不幸なままにしておくことなんてできない。主の御手の重さは私だけが耐えるべきものだ。彼女たちに迷惑をかけてはならない」。弟嫁はナオミの説得に根負けして帰った(14節)。いずれにしろ、二人の嫁は、すんなりと「はい、そうします、帰ります」という態度は見せておらず、二人の嫁がどれだけナオミを慕っていたかわかる。映画のシーンのように別れるのがつらい場面になっている。親子の懇情の別れのような。ナオミがこれほどまで愛されていたということは、逆に言うと、ナオミが愛のある姑だった証である。姑の鏡である。

ナオミはなお自分にすがりつく兄嫁のルツを説得する(15節)。しかし、ルツは別れることをかたくなに拒み、「あなたの民は私の民、あなたの神は私の神」という告白までしている(16,17節)。ルツにはモアブ人の血が流れ、ケモシュをはじめとする忌むべき偶像崇拝の環境で育ち、生まれも育ちも見た目もモアブ人だったが、中身は霊的イスラエルになっていた。ヤハゥエを信仰する者となっていた。誰の影響で?ナオミたちの影響で。ナオミの存在意義はここにある。ナオミは信仰継承の役目を果たしていたのである。私たちの存在意義もここにある。私たちは、あっち痛い、こっち痛い、生活は大変だとあえぎながらも、次世代のために生きていかなければならない。信仰の遺産を受け継がせなければならない。とりわけ家族の者たちに。けんかしている場合ではない。ナオミは、見た目は苦労の多い一生で、どれだけシワを刻んだかと思わされるが、神さまの目には、すばらしい働きを成し遂げた。ただ、本人がそう思っていないだけである。

19節から、ナオミが10年ぶりにベツレヘムの地を踏んだ記事が記されている。時は22節の「大麦の刈り入れの始まったころ」の記述から、4月だと知る。20,21節は彼女を迎えた町の女性たちへのことばである。「ナオミは彼女たちに言った。『私をナオミと呼ばないで、マラと呼んでください。全能者が私をひどい苦しみに会わせたのですから。私は満ち足りて出て行きましたが、主は私を素手で帰されました。なぜ私をナオミと呼ぶのですか。主は私を卑しくし、全能者が私をつらいめに会わせられましたのに』」。彼女のことばから、彼女の信仰を垣間見ることができる。彼女は自分の人生に神の主権、神の計画というものをはっきりと見ている。その上で自分の苦しみを表現している。彼女は天気のせいや人のせいや偶然のせいにして、ああだこうだと言っていない。苦しみという問題をややっこしく説明していない。ストレートに神と結び付けて言い表している。「私をナオミと呼ばないでください」。<ナオミ>の意味は「快い」「楽しい」である。けれども彼女は「マラと呼んでください」と言っている。<マラ>の意味は「苦い」「苦しい」である。余談になるが、「マリア」という名前の語源は、もとをたどると、この「マラ」に行き着く。

一見すると、ナオミは神さまに不平を言っているだけのように見える。だが、そうではない。ある方は「これは心からの嘆きで、不平ではありません」とコメントしている。もしナオミが険しい顔をして神さまに恨みっ辛みをぶつけて、小言を言って毎日を過ごしていたのなら、ルツが「あなたの民は私の民、あなたの神は私の神」などと言うはずがない。ルツはナオミの信仰姿勢を見て、「あなたの神は私の神」と告白できた。ルツはナオミの信仰を見て、ケモシュの神ではなく、まことの神を信じることができた。

ナオミは二度「全能者」ということばを使い、「全能者が私をひどい苦しみに会わせたのですから」「全能者が私をつらいめに会わせたのですから」と言っている。「全能者」<シャダイ>には、神がそうなさろうと決めたならば、誰も押しとどめることはできない、誰も抗うことはできないという神の御力を表わすことばである。全能者である神の前に反対できるものは何ものもない。神がそうなさろうとしたらそうなる。力強い御手をもってそうなされる。神の意志決定に逆らうことはできない。神は主権者であり、その御力をもってご自身の意志をことごとく実行される。全能者のみわざは時に人間に厳しすぎるように感じる。だが、そのみわざの意味がわからなくとも謙虚に受け止める、それが人間の為す分である。ヨブもそのことを学んだ。神という存在は、人間の側で、ああせい、こうせいと言って、コントロールするような存在ではない。神は自己決定に基づき、力強い御手ですべてをなされる。私たちは神の御力の前でひれ伏し、謙虚にそれを受けとめることが求められる。ナオミは全能者の前で、その御力と主権を覚えながら、どうすることもできない自分の無力さを覚えている。彼女は悲しみ、嘆いている。事実、これまでどれだけ涙を流してきたかわからない。彼女は、自分は大丈夫、平気、平気、などと自分を少しも取り繕っていない。皆の前に自分の嘆きを素直に言い表している。けれども、神に対して恨みっ辛みを言っているわけではない。全能の神の前に心ひれ伏し、ありのままを受けとめる姿勢があった。彼女は神の主権を認め、それに服する信仰姿勢を失っていない。私たちも何があっても神の主権を認め、心低くして生きて行く姿勢を失わずにいたい。 詩編131篇にはこうある。「主よ。私の心は誇らず、私の目は高ぶりません。及びもつかない大きなことや、奇しいことに、私は深入りしません」(1節)。

私はナオミの告白を読んで、東日本大震災の時の人々の反応も心に思い浮かんだ。キリスト者たちはあの時、苦難の意味をあれやこれやと思い巡らした。あるキリスト者は、あれは悪魔の仕業だと言い切った。ヨブ記を見ると、ヨブは悪魔によって打たれ災いをこうむったが、そこに神の主権というものがあったことを忘れてはならない。神がそれを許された。あるキリスト者は、陰謀論を持ち出して、あの地震は人間の手によるもので人工地震だと言う。またあるキリスト者は、あの地震は神とは全く無関係だときれいごとを言う。私は神の主権を認めて告白したナオミの告白のほうがよほどすぐれていると思う。彼女は神の主権を認めつつ、また、正直に嘆きを口にしている。先に、「これは心からの嘆きで、不平ではありません」というコメントを紹介したが、もちろん、自分の意に沿わない状態にあったわけだから、心には色々な思いがあっただろう。例えば、せめて跡取りとなる孫を抱いて帰郷したかったという思いはあっただろう。それはかなわなかった。21節で、「主は私を素手で帰されました」と告白している。けれども、「あなたの民は私の民、あなたの神は私の神」と告白したルツが一緒だった。またルツにそう言わしめた信仰をナオミは持って帰郷した。そして、想像を越えた素晴らしドラマが展開していく。歴史を切り拓くドラマ、天の御国へと通じるドラマである。彼女たちの家系から、救い主イエス・キリストが出現し、しかもナオミもルツも、永遠に神の前に名前を刻むことになる。何は無くても有るべきは信仰、持つべきは信仰なのである。

ルツ記を通して、信仰って素晴らしい!という感想を抱くことになる。飢饉や戦争のうわさはこれからも絶えないだろう。災害も繰り返される。近親者との死別も繰り返し経験していくことになる。この先の生活が心細いという、声を大きくしては言えない悩みも抱えているだろう。めんどうくさい家の問題も抱えているという現実もあるかもしれない。不器用で能力に乏しくて自分に愛想が尽きるということもあるかもしれない。自分の病も心配になる。でも信仰があれば「それらに勝ち得て余りあり」である。神さまは、この地上で神の子どもたちに対して完全な計画をもっておられる。ナオミやルツのように試練を被っても、神は私を見捨てたなどと短絡的になってはいけない。神は私たちを愛しておられる。確かに、この地上では想像もしていなかった様々なことを経験させられる。望んでいなかったことも。しかし、今の地上での苦しみは、天の御国の長さと比較すれば、瞬きの一瞬にもならない。神はちりにも等しい私たちを顧み、ご自身の栄光の中に引き入れる計画をもっておられる。自分はちっぽけな存在と思っても他者の祝福のためにも用いてくださり、そして天の御国に救い入れてくださる。持つべきは信仰、有るべきは信仰。信仰って本当に素晴らしい!ナオミとルツがその良い見本である。