以前もお話したが、私は以前、次のような夢を見たことがある。夢の中で築50年は経ったような古い建物を部屋を掃除していた。畳もかなり傷んできている。私は雑巾を使って、さんに付いているほこりを拭いたりしていた。「これでだいたいいいだろうな」、そう思った時、壁に取り付けられている長方形の扉に目が留まった。その扉を開けると、奥行き50センチほどの空間があった。まず目についたのが蜘蛛の巣にいる大きな黒い蜘蛛。そして、ゲジゲジやワラジムシのような虫がゾロゾロ出て来て、白壁を這って行く。私はこの夢を見て、自分の心をサッとひと吹きし、表面はきれいにしたように見えても、実は汚れていることが実感としてわかった。そして、このような汚い所はイエスさまの住まいにふさわしくない、居心地がいいはずはないと思った。そのような夢であった。
私は最近、人間の罪は主に三種類に分類できると思うようになった。一番目は「のろい」。これは、相手を消したいという思い。19節の「殺人」がそれに入るだろう。憎しみ、ねたみ、非難、中傷のたぐい。二番目は「むさぼり」。自分に集中させる欲望の罪。あらゆる欲望が入る。19節では「姦淫、不品行、盗み、偽証」が入るだろう。ご利益を望む偶像崇拝もむさぼりから生じている。三番目は高ぶり。自分を持ち上げたい。よって、これは相手を低めたいということでもあり、人を裁くことや、19節では人を馬鹿にする「ののしり」が関係する。そして、どの罪も、のろい、むさぼり、高ぶりが絡み合っているようである。そして、こうした罪に共通するのが、自己中心という性質である。
では、今日の箇所の背景から見ていこう。1節を見ると、パリサイ人や律法学者たちが、わざわざ、エルサレムからガリラヤにいるイエスさまの所に来たことがわかる。おそらく彼らは、エルサレムにあるユダヤ最高議会サンヘドリンから派遣されたのであろう。彼らはイエスさまの動向を調査することが目的で、対決姿勢を露わにしてイエスさまと対峙することになる。
パリサイ人、律法学者たちは、イエスさまを非難する材料を見いだした。「あなたの弟子たちは、なぜ長老たちの言い伝えを犯すのですか」(2節前半)。この時代の彼らの宗教は形骸化しており、儀式的、形式的で、外面的習慣に従うことに熱意を注いでいた。儀式、伝統が重んじられ、それに従わないことが罪とされた。「はしたない、みっともない、儀礼に反している、伝統に反している、親のしつけはどうなっていたのか、野蛮、異端」といった感覚で責めたのであろう。彼らのことばで、理解しておきたいことは「言い伝え」である。実は、この言い伝えが、神のことばを曲げてしまっていた。この言い伝えは、捕囚の経験に起源がある。イスラエルの民は周囲の民にならい堕落してしまい、神のさばきとして、諸国との戦いで敗戦を経験し、イスラエル王国は滅亡し、生き残った民は外国に連れ去られることになる。彼らはそこでも周囲の民に倣い、神のことばを踏みにじった生活をしていた。その後、エルサレム帰還が許される。エルサレム帰還後、学者エズラを中心に信仰復興運動(リバイバル)が起こる。エズラは聖書の各書を集め、書き写し、それを民に教えた。これを機に、聖書の解釈がだんだん蓄積していったが、いつの間にか、聖書の解釈が聖書そのものよりも権威を帯びていくようになる。聖書を「成文(せいぶん)律法」と呼び、そして、それを解釈したものに基づいた書を「口伝律法」と呼ぶ。「口伝律法」が、ここで「(長老たちの)言い伝え」と呼ばれるものである。問題は、年数を経るごとに、「成文律法」と「口伝律法」の間の権威の差が無くなっていき、やがて神のことばである「成文律法」以上に「口伝律法」が尊ばれることになってしまったということである。パリサイ人や律法学者たちは、「あなたの弟子たちは、伝統的解釈、伝統的習慣を守っていない」というわけだが、伝統が形骸化して、神のことばとかけ離れてしまうということを、歴史は繰り返す。キリスト教がローマ帝国の国教となった後、教皇の権威、伝統の名のもとに、聖書とかけ離れた教えや儀礼が生み出され、地獄の沙汰も金次第となる有様。民衆は聖書を知らず、教皇の声や言い伝えに従うしかなかった。16世紀頃、その誤りに気づいたクリスチャンたちが宗教改革運動を起こした。その主張は一言で言うと「聖書に帰れ」であった。こうしてプロテスタント教会が生み出されていく。民衆は自分の手で聖書が読めるようになっていく。しかしまた誕生したプロテスタント教会も形骸化していく。そしてプロテスタント内で、改革運動が繰り返されていく。このようにして、振り子は右に揺れ、左に揺れ、歴史は繰り返されていく。私たちは、伝統だとか、人々の間に広まっている解釈だとか、そうしたものに対して、いつも、みことばで検証する意識が必要である。
パリサイ人たちのイエスさまに対する具体的非難は、「パンを食べるときに手を洗っていないではありませんか」(2節後半)。ここで問題とされているのは衛生的汚れではなく、儀式的な汚れである。当時、細菌、ウイルスということは知られていないし、そういう衛生上のことが問われているのではない。儀式的な汚れというのは、例えば、死人、異邦人、死んだ動物に触れると汚れるといったこと。触れると汚れるリストはたくさんあった。手が儀式的に汚れるということにおいて迷信的考えが生まれていく。汚れた手で食物に触ると、汚れが食物に移り、食物を通して汚れが体内に入り、体内が汚れる、と信じていた。あるラビは、「眠っている間に悪霊が手にくっつく。もし儀式的な洗いをしなければ、悪霊は汚れた手で触った食物を通して体内に入る」とまで言っていた。それで、いつ手が汚れてしまうかわからないので、食前に手を洗う習慣が生まれた。あるラビは、「イスラエルの地に住んでいて、洗った手で食物を食べる者は誰でも、永遠のいのちを得られるという安心感が与えられる」と言っている。また別のラビは、「洗わない手で食べるより、洗う水を得るために6~7キロ歩いたほうがよい」と言っている。あるラビは牢獄に捕らわれの身となったとき、伝統に違反して死にたくないと主張して、飲むための水というのではなく、食前の前の手を洗う水を配給してもらった。一見、りっぱに思える言動だが、今もこうした人たちは居そうである。
モーセ律法には確かに儀式的な洗いに関する掟がある。祭司が神殿に入る前には手足を洗うとか。それは霊的真理の絵、シンボルにすぎない。そして聖書は洗うこと自体によって、罪の汚れから逃れられるとか、永遠のいのちが保証されるとか言われていないし、食前に儀式的な洗いをしなければ汚れが体内に入るなどと一言も言っていない。全くの本質を見失った拡大解釈である。
この儀式的な手洗いは入念に行われた。食前の洗いのために、水がめには常に水を入れておかなければならなかった。この水を使う場合の最少量は、1ロッグの4分の1といって、それは玉子の殻に入る水の量の1.5倍。この水をまず両手にかけ、指先を上に向けて、水を下方に流して、手首から下に落とさなければならなかった。指先を上に向ける理由は、汚れた手についた水は汚れているので、汚れた水がまた指のほうに戻って、指が汚れてしまうことを防ぐためだった。次には、指先を下に向け、反対の方から水をかけ、最後に片手ずつ、反対の手のこぶしでこすって清くした。非常に厳格なユダヤ人は、これを食前の前に一回やるばかりではなく、食べる料理が変わるごとにこれを行った。私たちはこのマナーをこっけいに感じてしまうが、彼らにとっては、自分たちが汚れのない清い人間でいるために真剣だった。伝統だ、しつけだ、礼儀だ、神への忠誠だ、清さの証だ。でも本当の清さとは何だろうか。
3節を見ると、イエスさまは、パリサイ人たちの非難に対して、言い伝え(口伝律法)が聖書(成文律法)を守らないようにしてしまっていると指摘する。イエスさまはその一例として4~6節において、昔の言い伝えが「あなたの父と母を敬え」というモーセの十戒の第五戒を破ってしまっていることを述べている。「だれでも、父や母に向かって、私があなたがたのために差し上げられる物は、供え物になりました」(5節)というのは神さまへの誓いのことばである。神さまに誓ってしまったから、もう誓いは破れない、取り消しできないということで、本来、父母の扶養のために用いるべき物であっても、父母はどうすることもできない状況を作ってしまっていた。別の言い方をすると、息子たちは、神さまへの誓いを利用して、父母への親不孝を正当化していた。それは結局、イエスさまに言わせると、4節後半で言われているように「死刑に処せられる」違反であるということである。このように言い伝えは、父母を助けることを禁じる言い伝え、聖書の戒めを破る言い伝えとなってしまっていたということである。6節後半で言われているように、神のことばを無にしてしまう言い伝えとなってしまっていたということである。
言い伝えを守ることによって敬虔さを装っていても、内実はそうではない彼らは、7節で、イエスさまによって「偽善者」と呼ばれ、イエスさまは彼らの偽善をイザヤ書29章13節を引用して説明している(8,9節)。このことばは、直接は、ヒゼキヤ王時代のユダの民に対して言われているものである。ヒゼキヤ王は信仰復興の立役者という認識が一般的にはある。それまでの時代と変わって、信仰は回復したかに見えた。だが表面的には神を求めたように見えても、心はそうではなかった。外見上のことにしか過ぎなかった。「その心は遠く離れている」ということばは重い。ヒゼキヤ王が亡くなった後、ユダは遠い異国の地、バビロンに引いていかれる。でも、それらは彼らの心に比例してのことであった。彼らの心は神から遠い。そう気づかせられる。
11節でイエスさまは群衆を呼び寄せて言われる。「口から入る物は人を汚しません。しかし、口から出るもの、これが人を汚します」。儀式的汚れ、外面上の汚れにしか関心がないようなパリサイ人たち。彼らの教えを受けている限り、本当の汚れも、本当の清さも、わからないでしまう。自分たちの心について無頓着になってしまう。イエスさまは14節において、パリサイ人たちを「盲人を手引きする盲人たち」と呼んで、彼らが全く役に立たないどころか、滅びに導いてしまう愚か者たちであることを告げている。現代も誤りに教え導く者たちが後を絶たない。また、私たちも、しつけとかマナーとか伝統だとか慣習だとか、人間の教えを何にも考えないで守っていることがある。それをしていないと安心感がないし、自分がまちがっているような、礼儀正しくないような錯覚に捕らわれてしまう。それらをすることが善となり、自己満足に陥る。しかし、概して、自分の心の中のことには無頓着である。私たちはイエスさまに聞かなければならない。
弟子たちは、イエスさまが言われた11節の格言を理解できないでいた。それで、イエスさまに説明を求める(15節)。その後のイエスさまの説明から汲み取らなければならないことは、18節のことばである。「しかし、口から出るものは、心から出て来ます。それは人を汚します」。私たちが洗う必要がある汚れは「心の中にある」ということ。伝統としての礼儀作法を守っているかもしれない。神経質なまでにきれい好きかもしれない。普段は口先もきれいかもしれない。けれども、心の奥底に降っていけばどうなのか。神を信じているという者たちは常に上を仰ぐ習慣が必要である。すなわち、神を仰ぐということ。神を見上げる信仰の訓練である。と同時に、反対方向の自分の心の地下に降って行って、そこにどんなものがあるのか、勇気をもって見る訓練も必要である。常に、自分の心の表面しか見ようとしない臆病な人たちがいる。そういう人たちは敬虔さを装っているだけで、案外、傲慢な人たちが多い。謙遜ではない。心の地下に降って行けば、そこに陰険なまむしが潜んでいるかもしれない。思いがけない隠し部屋があって、そこには怨念や邪念というものが長年暮らしているかもしれない。それらを見いだしたら、私たちは神の前に出頭し、悔い改めて、キリストの血潮によって赦していただき、洗い清めていただくということである。「もし、私たちが自分の罪を言い表すなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、すべての悪から私たちをきよめてくださいます」(第一ヨハネ1章9節)。
さて、心に関して覚えておきたいことが、悔い改めの他にもう二つある。一つは心を無防備なままにしておかないことである。「力の限り、見張って、あなたの心を見守れ。いのちの泉はこれからわく」(箴言4章23節)。これを私訳してみる。「すべてのものにまさってあなたの心を守れ。そこは命の水源なのだから」。水源に毒を混入したらどうなるだろうか。こうした事件が時おり報じられる。箴言の作者は、力の限り、すべてのものにまさって心を見守るように告げている。毒するものが混入してこないように。そのためには、空しいものを見ないようにすることも必要であるし、罪への誘惑からの守りを祈ることも必要である。意識は自分の心にしっかり向けられなければならない。無防備にいろんなものを入れてはいけない。
もう一つは、先の防御とは反対で、心を開いて積極的に心に取り入れるべきものがあるということ。それが、みことばである。「あなたに罪を犯さないため、私は、あなたのことばを心にたくわえました」(詩編119篇11節)。これは積極的策である。心に降りて行って、自分の見たくない罪から目を背けることなくそれらを見、悔い改めること、そして心を見張るという防御をすること、それだけでは十分ではない。心にみことばをたくわえるのである。昔からの言い伝え、この世の思想、そういうものは社会の中で生きて行くために知識としてもっていていいかもしれない。しかし、心の中にたくわえるべきはみことばである。いのちのみことばである。みことばには毎日与らなければならない。心にたくわえたみことばが、私たちを罪から守り、主の道に生かすのである。私たちの心に積極的にみことばを納め、さらにたくわえていこう。

