今日の物語は「五つのパンと二匹の魚」として知られ、四福音書すべてに登場しているという、有名な物語である。何度読んでも、いろいろな視点から教えを受け、恵まれる。神さまご自身がいろいろな視点から学ぶことを図られているようである。今日の物語は、今日と次回の二度にわたって味わいたいと思う。

では場面を追っていこう。イエスさまは弟子たちとともに町から町へと神の国の福音を宣べ伝えておられた。イエスさまの故郷のナザレではイエスさまの人気は低く、また政治家、宗教家たちはイエスさまに敵対心を顕わにしていたけれども、民衆の大くは、イエスさまの奇跡のみわざとその教えに魅了されていた。そして、イエスさまの人気は、五つのパンと二匹の魚による奇跡を通してピークに達していく。

今日見る大群衆の物語は、イエスさまが人々を招いたからこうなったのではない。むしろ、イエスさまは人々から身を引こうとしていた(13節前半)。この前の記事は、国主ヘロデによるバプテスマのヨハネの処刑の記事である。ヨハネの処刑は、イエスさまへの警戒心、敵対心というものに連動している。イエスさまにも危険が迫っていく。しかしまだ十字架の時ではない。不必要な危険は避け、身を引くことは賢明である。それにまた、イエスさまは、残された地上人生の最後の一年間というものは、大衆から身を引き、弟子訓練に力を入れる計画であられた。さらにまた、これまでの宣教活動にはかなりのエネルギーを費やしており、これからの十字架の時を前にして、肉体の休養、霊的エネルギーの充電、そういう時が必要で、人々の前から一時身を退き、リセットすることも必要であられた。そればかりか、イエスさまはご自分の休息だけではなく、弟子たちの休息のことも気遣っておられる。並行箇所マルコ6章31節にはこうある。「そこでイエスは彼らに、『さあ、あなたがただけで、寂しい所へ行って、しばらく休みなさい』と言われた。人々の出入りが多くて、ゆっくり食事する時間さえなかったからである」。

しかし、群衆はイエスさまと弟子たちがどれだけ疲れているかとか、そういうことは関係がない。群衆の関心は自分たちの満足。群衆は移り気で不安定で、自己中心的な存在。自分たちの満足を求めていく。イエスさまと弟子たちの一行はカペナウム側からガリラヤ湖を舟で渡り、静かな所に行こうとされた。けれども、その必要性に対する配慮は、群衆にはもちろんない。並行箇所マルコ6章33節によれば、群衆はイエスさまが到着される前に岸に先回りした。完全な追っかけである。彼らはこれまでのイエスさまのみわざを見て、興奮し、熱狂していた。彼らは単に、イエスさまをいやしや奇跡を行ってくれるミラクルワーカー、エンターティナーとして見ていたわけではない。イエスさまに国王、大統領としての期待をかけていた。憎むべきローマの支配から、またローマの操り人形となって自分たちを治めている国主ヘロデの手から、自分たちを解放してくれる政治的メシヤ、ヒーローとしての期待をかけていた。極端に言えば、彼らは自分たちの生活がよくなりさえすれば良かった。民衆、大衆とはそういうものである。純粋に罪からの救いを願い、神の栄光を願ってイエスさまに近づく者は、いつの時代でもわずかである。

この時の群衆の数はどのくらいであろうか。21節から推測がつく。「女と子どもを除いて、男五千人」。女は夫とともに来ていたであろう。もちろん一人でかけつけた者もいたであろう。子どもを連れてきていた者たちもいた。当時は大家族であったので、またユダヤ人は多産であったので、一家の子どもの数は多かった。5人以上は普通であろう。歴史家ヨセフスによると、ガリラヤには204の町村があり、ガリラヤだけでも人口は一万五千人以上であったという。そして、この時期は過ぎ越しの祭りが間近であって、人々はより集まりやすい状況下にあった。今見てきたようなことを念頭に入れて計算すると、概算で二万五千人以上の群衆がイエスさま目当てに集まったと推測するのも不合理ではないと言われる。最低でも一万人以上はいたであろう。仕事はどうしたのだろうとも思うが、もちろん、臨時休業であろう。

さて、この群衆を前にして、イエスさまはどう反応したであろうか。もし私たちであったらどうであろうか。疲れていて休暇をもらったにもかかわらず、予定を変更せざるを得ない状況。はっきり言って、うんざりとならないだろうか。イエスさまは群衆を前にした時、「いやしは行わない、しるしは行わない、帰りなさい」と告げることもできた。「今疲れている、休ませてほしい」と言うこともできた。また笑顔のパフォーマンスで、皆に手を振ってあいさつをして、舟に乗って帰ってしまうこともできた。さらには、舟から岸に上がる前に、群衆の姿が見えただろうから、引き返して、群衆に見つからない場所に移動することもできた。イエスさまは舟の上から群衆を見てため息をつき、引き返しながら、自己中心で身勝手な群衆のことを、やれやれ困った連中だ、と弟子たちにつぶやくこともできた。けれども、イエスさまの内面は、一般の人間の心の傾向性と違っていた。群衆を迷惑でやっかいな存在とは思わず、まじめにあわれんで、彼らの必要に応えようとされた。「この疲れているときに、しょうがない」という心からしたのでもなかった。「彼らを深くあわれんで、彼らの病気をいやされた」(14節)。「深くあわれんで」ということばは「腸(はらわた)」ということばから造られているが、「腸(はらわた)がちぎれる想いにかられて」が直訳的な訳となる。「あ~、嫌になってしまう」でもなく、「いらついて」でもない。「腸がちぎれる想いにかられる」とは、人々の苦しみ悩みや神さまを見失っている状態に深い同情を抱いたということである。イエスさまはこの時、そっけない思いで群衆を見ていたわけではない。冷たい分析的評価の視線で見ていたわけでもない。羊飼いのいない羊のような彼らを、深くあわれんで見ておられた。イエスさまのあわれみの対象はすべての人を含む。男、女、年を召された人、若い人、子ども、ユダヤ人、異邦人、金持ち、貧しい人、そうしたことに区別はない。イエスさまはすべての失われた罪人をあわれまれる。確かにイエスさまを追いかけてきた彼らの多くは、浅はかな人々だったかもしれない。自己中心的動機の人々であったかもしれない。やがて、彼らの中から、「十字架につけろ」と叫ぶ者も現れたかもしれない。でも、深くあわれまれた。私たちの心の傾向性とのギャップに驚かされる。私たちはこの14節からだけでも大きな教えを受けることができる。自分にこの心が有るのかと。

イエスさまは「彼らの病気をいやされた」とあるが、「病気」ということばは、「強さがなくて弱い状態にある」という意味のことばであるが、病人たちの中には、家族や友人たちに付き添われて、あるいは運ばれてきた者たちも多くいたであろう。

弟子たちはイエスさまのあわれみ深い態度と行動を見て、「イエスさまはさすがだ」と思っただろうが、「もうそろそろ解散させましょう」と思い始めた。なぜなら、時は「夕方」(15節)。普通に考えたら解散の時刻である。イエスさまは「そうだな」と言って解散させても良かったが、そこは人間の思いを越えた計画をもっておられるお方。ユダヤでは「夕方」は二つの時間帯に分けられる。一つは午後3時から6時まで。もう一つは午後6時から9時まで。この場合は最初の方で午後3時から6時。もう夕食の時間になる時であっただろう。群衆は夕方だからお腹が空いていたというだけでなく、追っかけの長旅で、いつもよりお腹が空いていたはず。

イエスさまはどう考えても、無理に思える要求を弟子たちにされた。「あなたがたで、あの人たちに何か食べる物をあげなさい」(16節後半)。しかも16節前半では

「彼らが出かけていく必要はありません」と言われているので、ひどいことばに聞こえてしまう。一人や二人の面倒であったらわかる。しかし、そうではない。「なんでこの人たちの食事の面倒を自分たちがみなければならないの?」「なんでお店も家もないこの場所で、この大群衆の責任を自分たちが担わなければならないの?」「大群衆の人数分のパンを買うお金もない。あったとしても、この少ない人数で店を駆け回っても、朝方になっても、人数分のパンを集めるなんてできやしない。どう考えても無理、理不尽」。弟子たちは、イエスさまが考え直すように働きかけなきゃ、と思っただろう。だがこの無理難題を解決する、唯一の道が残されていた。それは、イエスさまのところにありったけのわずかのものを持っていき、ゆだねる、明け渡す、ということである。

弟子たちはこれまで、誰よりもイエスさまの様々な力を目の当たりにしてきたはずなのに、やはり人間の能力や状況の不完全さばかり目を向ける習慣が長く続いてきたので、できません、無理です、と判断してしまう。イエスさまの十分性に目を向ける

ことができるようになるまでには時間がかかった。本来なら、イエスさまが命じたことなのであるから、たとえ無理のように思えても、イエスさまに信仰を働かせればできるんだ、となるべきであった。イエスさまは、そうではない弟子たちのために、この機会を信仰の訓練の機会として用いられる。

弟子たちは、何にもならないと思われる情報、「五つのパンと二匹の魚」よりほかはないことを告げる(17節)。イエスさまは言われる。「それを、ここに持ってきなさい」(18節)。イエスさまはこのように言われたい。「わたしはあなたがたが人々を養うための十分な食糧もお金もないことを知っている。また、それらを得る手段がないことも知っている。わたしは人々を養うために、あなたがた自身の力に期待してはいない。あなたがたに人々を養うことを求めたことは事実であるが、それはわたしに聞き従い、わたしに信頼するということが前提としてある。わたしは、あなたがたのわずかなものをわたしに明け渡し、わたしに信頼する機会を提供している。さぁ、それを今、わたしのところに持ってきなさい。その時、あなたがたは、あの人たちに食べるものをあげることができる」。私も、皆さんも、こうしたチャレンジに応えていきたいと思う。

弟子たちは、期待して、信仰をもって、五つのパンと二匹の魚をイエスさまのところに持っていったわけではないだろう。だが、イエスさまは彼らに信仰を植え付ける意味でも、それらを用いてみわざをなされる。すると驚くべき結果となる。弟子たちはイエスさまによって祝福されたパンと魚を配ると、驚くべき結果となる。「人々はみな、食べて満腹した」(20節)。「満腹する」ということばは、もう何も食べたくなくなるまで飼葉桶の前にとどまっている動物たちに適用されたことばであった。このことばはマタイ5章6節でも用いられている。「満ち足りる」と訳されている。配給して配ったパンと魚は、概算して1万人以上の群衆のお腹を満ち足らせたばかりか、パン切れの余りは十二のかご一杯になった。おそらく十二弟子たちが、かごを一つずつ持ち、配ったのであろう。

さて、ここまで見てきたことを整理してみよう。一つ目のポイントは、14節にあるキリストの心と態度に倣うということである。私たちは無用な危険から身を引くべき時がある。また休息が必要である。一人静まる時が必要である。リフレッシュする時が必要である。同じような理由で、イエスさまと弟子たちは寂しい所に舟に乗って出かけた。だが、すべては計画どおり思うように行くわけではない。イエスさまは休息やレジャー以上に大切なことがあることも示された。目の前で自分を待っている人たちに対して、深いあわれみの心をもって、その必要に応えることである。クリスチャンたちは人に仕えるために譲れない権利など持っていない。わたしの時間、わたしの自由の時、わたしの立てた計画、そうした自分の当然の権利と思われるものも、キリストの名において放棄しなければならないことがある。ゆっくり休みたい時でも、あわれみの心を忘れずに、人々に仕えなければならない時がある。次のことばを心に留めたい。「イエスは、ご自分が休息と孤独の時間を渇望しておられるときでも、誰ひとりとして邪魔者扱いにされなかった。キリストの弟子もこれにならわなければならない」(バークレー)。インドのあるクリスチャンの方も次のように述べている。「私の経験では、私やほかの宣教師や、インドの祭司が、キリスト教の信者、未信者に限らず、来訪者に対して、少しでも落ち着かない態度やいらただしさを示すか、また時間に追われているとか、もう食事やお茶の時間なのに、という気持ちを表せば、この来訪者は去って、決して再び戻ってこない」。また彼は言う。「クリスチャンが異教社会に伝えるべきことは、昔も今も同じである。それは、神に思いやりがあるということである」。

二つ目のポイントは、その要求は無理、できるわけがない、と思えるときでも、それが主から出たことであり、主の命令であり、主からの迫りがあるならば、18節の「それを、ここに持って来なさい」「それを、わたしのところに持って来なさい」という御声に聞き従うことである。「それを」とは、貧しい自分、わずかと思っている持てる能力、タラント、賜物、物質的資源等であろう。自分の欠け、資源の足りなさ、整っていない状況を認識しつつも、主に目を向け、それをゆだね、主のおことばに従うのでなければならない。もし、ただ自分たちのわずかなものばかりに目を向け、神抜きの判断にとどまって足踏みをしているだけなら、信仰から来る驚きは体験できず、つまらない生活を送ることになる。何ら変化は起こらないし、主のお役に立てない。五つのパンと二匹の魚は五つのパンと二匹の魚で終わってしまう。もし主からチャレンジを受けていることがあるならば、「あなたがたでそれをしなさい」と言われていることがあるならば、みことばに励まされつつ、「どうぞお使いください」と主の御手にゆだね、実践しよう。そうして、主の栄光を拝させていただこう。