今日、開いた箇所は、一般に「放蕩息子のたとえ」として知られている物語である。しかし、父親のほうに焦点を当てて、「父の愛のたとえ」とも呼ばれている。確かに、このたとえは、息子を待ち続けた父のすばらしい愛に焦点が置かれている。このたとえは、キリストが語られた数多くのたとえ話の中で「たとえの冠」と呼ばれている有名なたとえである。あの芥川龍之介もこのたとえを絶賛した。すべての人に読んでほしいたとえである。今お読みしたのは、たとえの前半部分だが、愛に富む父親に焦点を当てて、ご一緒に見ていこう。

物語は、父親が財産を二人の息子に分けてやるところから始まる。この物語は二千年前のユダヤ文化を背景としている。古代世界においては、人の財産は死ぬ時にだけ相続人に相続した。ところが→11,12節 父親は自分が生きている時に財産を息子たちに分けてしまった。このような父親はめったにいない。父親をこうさせたのは弟息子の要求があったからであるが、この要求はとんでもない要求である。息子がまだ健在である父親に向かって財産の譲渡を求める。これは親を親とも思っていない行為。当時の文書には、生前に財産を相続人に譲渡しないように書いてある。「おまえの寿命が尽きる日、息を引き取る時に、財産を譲り渡せ」(シラ書33:24)。だから、父親が健在の時に財産の分け前をねだる息子は非常識極まりない。この弟息子の要求は、限りなく傲慢で、非礼な行為。父親が死ぬことを望むにも等しい行為。それはまた、父親の世話の放棄である。父親を事実上、捨てた。モーセの十戒に「あなたの父と母を敬え」という基本法があるが、それに完全に背いた。親不孝な息子まちがいなしである。この息子の要求を呑んだ父親は、寛大すぎるようにも思えてしまう。

財産の分配の規定は決まっていて、3分の2が長男へ、3分の1が次男へ、となる。12節を見ると、財産の分け前を求めたのは、弟のほうだけで兄のほうは求めていない。けれども寛大な父親は、弟のほうだけでは不公平ということか、兄のほうにも分け前を与えたようである。

財産には何が入るのかということだが、土地なども入る。しかし土地というのは、父親から権利を譲渡されても、父親が生きている間、それをすっかり処分できない。もし父親が売却を認めたとしても、父親が死なない限り、買い手はその権利を主張できない。だから、財産を分けてもらっても、土地などは自由がきかない。不動産の物件の支配権、使用権は、実際はまだ父親が有する。

次男が分けてもらった財産とはどういうものであったのだろうか。→13節前半 「何もかもまとめて」という表現は、原文のギリシャ語で、「換金する」ことを意味することばが使用されている。だから、「全部をお金に換えて」とか「全部を銀貨に換えて」と訳すことができる。土地をお金に換えるのはほぼ無理なので、弟の場合、換金できる純粋な財産をもらったか、またお金そのものを父親から分けてもらったか。

そして彼は「遠い国に旅立った」。これは距離的な遠さ、地理上の遠さ、ということだけを意味しない。心理的な遠さも意味する。父親にもう心はないというか、心理的な距離は遠くなってしまった。もう父親の顔を見なくていい、会わなくていい、葬式にも出ないでいい。そうした心理的な距離の遠さの結果として、遠い国に旅立ってしまった。この「遠い国」とは、パレスチナの外の外国である。そこは異邦人の地である。

彼はそこに出かけ何をしたのか。→13節後半 彼はそこで遊興にふけった。浪費して、ふしだらな生活をして、財産を使い果してしまった。父親は財産家であるようなので、3分の1といえども、相当な額になることが考えられる。それを湯水のように使ってしまった。

そして悪いことが続く。→14節 その国に大飢饉が訪れた。これが人生下り坂に大パンチとなった。彼はついにどん底状態に達してしまう。

食べるのにも困り果てた彼は、豚を飼育している異邦人の所へ身を寄せた。→15節 そこでの彼の身分というものは年季奉公。奴隷よりは地位は高いが、一定の期間の契約でしかない。しかも待遇は最悪。

仕事の内容はユダヤ人は手を出さない部類のものであったが、そういうことよりも満足な食糧が得られないということと、人格を認めてもらえないような扱いがつらかった。→16節 彼は豚を見ていて、いなご豆を食べられてうらやましいなぁ~と、豚をうらやむ存在にまで落ちてしまった。しかし、誰も彼にいなご豆を与える者はおらず、事実上、彼は豚以下にまで落とされてしまった。価値は豚以下ということ。お前にいなご豆を与えるくらいなら、豚に与えたほうがましだということ。かつては財産家のおぼっちゃま。異国の地に来たばかりの頃は、お金があるので、皆にちやほやされたかもしれない。けれども今は、豚以下。それが現実だった。

こういった人生の陥落、闇の時に、人は様々な気づきを与えられる。社会的地位からの失脚、仕事を失う、人に裏切られる、病にかかる、貧しさを体験する。そうした時に、肩書も自分の価値を形成してくれないし、人の評価も風見鶏のようで当てにならないし、お金も自分の支えとならないことに気づく。自分はよどみに浮かぶうたかたでしかない。また試みは、自分の仮面を引きはがし、仮面の下の愚かさ、醜さ、つまらなさに直面させる。そこで人は激しい葛藤が生じる。人間存在の本質ということも考えるようになる。自分という存在はだれで、どこから来て、どこへ行くのか?

彼は激しい葛藤の中で、どうなったのだろうか。→17節前半 「我に返った」(別訳「分別を取り戻した」)。アウグスチヌスという人物は、ここを、「自分から立ち去り、今、自分に返った」と表現した。つまり、自分がしてきたことは何という愚かなことだったのかと認めて、分別を取り戻したということであろう。これは悔い改めの出発と言える。「悔い改め」は後悔することではない。後悔とは自分のやった結果を悲しむ程度のこと。それに対して悔い改めとは、自分の失敗を悲しむ程度の感情の問題ではなく、意志の問題。本当の悔い改めとは意志を働かせての人生の180度の転換である。それがわかるのが、この放蕩息子の人生ではないかと思っている。彼は父親に背を向けて、親を親とも思わず、親のことなんか忘れて自己中心に生きてきたが、そこからぐるっと向き直って、父親のところに帰ろうとする。父親を敬いもせず、感謝もせず、軽んじていたことへの気づきが生まれ、また自分を誇大視してきた愚かさに気づき、人生の180度転換をはかる。その出発が、ここ17節に見られる。

彼は父の家を想う。→17節後半 彼はここで「飢え死にしそうだ」と言っているが、人間としては死んでいたと言って良い(参照:24節「死んでいた」)。彼は生ける屍の自分を自覚し、同時に父親の恵み豊かさを想っていた。彼は「パンのあり余っている雇い人」のことを思い出しているが、当時にあって、「パンのあり余っている雇い人」などほぼいなかった。この表現により父親の恵み豊かさと寛大さを浮き彫りにしている。

彼は、父の家で雇い人になる決意をする。→18,19節 「雇い人」とは日雇い労働者のことである。その日の朝に雇われて一日働く人のことである。その次の日はどうなるかわからない。実は遠い国での年季奉公から、故郷での明日をもしれぬ日雇い労働者になることは、社会的階級からするならば降格である。でも、彼はそれでいいと思った。息子として迎えてもらおうなんて考えていない。父親のもとで生きていければそれでいいと思った。彼のかつての傲慢さは完全に打ち砕かれていた。

彼は、18,19節において、父親のところへ行ったら、まず最初に何を言おうかと、事前練習をするわけだが、彼はここで弁解なく、罪を告白している。「天に対して罪を犯し」という表現は、ユダヤ流の表現で、神に対して罪を犯したことを意味する。彼は、神からもらったいのち、神からもらった人生、まちがった使い方をしたことを自覚している。また「あなたの前に」と、父親に詫びなければならないことを自覚している。

彼は悔い改めの行動に出る。→20節前半 彼は立ち上がって、向き直って、父親のもとに戻ろうとする。人生の転換、悔い改めである。

この後、父親の愛の本番である。→20節後半 「まだ家までは遠かったのに、父親は彼を見つけ」とある。ということは、息子が父親のことを忘れて勝手なことをやっている時も、豚の価値ほども認められなくなった時でも、父親はこの息子のことを片時も忘れることなく、今日は帰ってくるか、今日は帰って来るかと、毎日首を長くして、息子の帰りを待っていたということである。実際、毎日のように外に出て、遠くを眺め、息子の帰りを待ちわびていたわけである。息子のほうはこの父親の愛を知らずして遠い国で暮らしていたわけであるが、息子の心は父親に対して遠くあっても、父親の心は息子に対して、いつも近くにあった。

「かわいそうに思い、走り寄って彼を抱き、口づけした」。「かわいそうに思い」と、怒る気持ちもやりこめる気持ちもない。「かわいそうに思い」と訳されていることばは、憐みを意味することばの中で、一番強いことばが使われている。憐みの情でいっぱいに満ちていた。その心の姿勢で「走り寄って彼を抱き、口づけした」。実は、当時、ユダヤにおいて高貴な人物は走らなかったと言われる。この父親は名のある人物のようであるから、ゆるやかな、すそまである衣を身にまとっていたはずである。走るためには、すそをまくって、足を出して走ったはずである。当時の文化では、これは恥とされた。また当時のギリシャ、ローマの文化でも、名誉ある人物はゆっくり歩くとされていた。けれども父親は文化がどうだろうが、恥だろうが、そんなことはどうでも良くなっていた。この姿は、この父親が息子をどれだけ愛していたかを物語っている。

この父親は、息子が謝罪のことばを発する前に、すでに赦していたことは明らかである。普通であれば、息子がしっかり謝る姿勢を見せ、しばらくの保護観察期間を経て、本当に反省していることがわかったら赦してやる、となるところだが、この時点で完全に赦していた。赦していなければ、自分から走り寄って、抱きしめ、口づけなどしない。

息子はここで、父親の元に帰った時に言おうと思っていたことばを述べる→21節 よく見ると、このことばは、事前に練習したことばの半分にすぎない。もう半分があった(19節)。でも、それを言おうとする前に、悔い改めの意志を示して帰ってきた息子に対して、法外な恵みの行為に出ようとする。

→22節 この行為は、雇い人のひとりとして迎え入れる態度ではない。息子として迎え入れる態度でもない。これはそれ以上の態度で、賓客として迎え入れる態度。異邦人の地で受けた扱いとは雲泥の差。まず父親は「一番良い着物」を着させる。これは高い地位を与える行為。次に「手に指輪」をはめさせる。これは権威を与えることを意味する。旧約聖書には、エジプトの奴隷から大統領となったヨセフ物語があるが(創世記42)、まさにヨセフが受けた行為と同じ。そして「足にくつ」をはかせる。これは彼がはだしで帰ってきたことを意味しない。当時、くつをはかせるという場合、奴隷が自由人になることを意味した。また、くつをはいた人を自分の主人と認める場合にもそうした。こうして彼は、全く夢にも思っていなかったようなかたちで、家族に復帰できた。まるで王子様のようにして迎え入れられた。皇室のご子息のようにして迎え入れられた。

→23,24節 続いてパーティである。しかも「肥えた子牛」のごちそうを皆で食べるパーティである。パーティは家族の者たちだけではなく、父親が大切だと判断した近所の人たちも招くのが常であった。肥えた子牛をほふることは、普通、祭りとかの特別の行事の時しかしなかった。父親は自分の財産を食いつぶした息子のために、祭りの時でもないのに、法外な出費をしてパーティを開いたことになる。父親にはもったいないとか、そうした打算的な考えはない。愛には打算がない。息子は死んでいたのに生き返ったのも同然。息子ひとりのいのちに比較できるものなど何もない。その息子が帰ってきたのだから、どんな犠牲を払っても惜しくない。みんなで祝おう!

この物語はたとえ話であるわけだが、この待ち続けた慈愛に富んだ父親は、天の神さまを表わしているわけである。神の愛は人間の想像を越えて大きい。広くて深くて高い。人は誰しも愛を求めて生きているわけだが、このたとえで語られている愛は現実にある。私たちに向けられている。自分の罪に絶望している人々にも、自分に価値を見出せなくて悩んでいる人々にも、孤独に陥っている人々にも。

でも、多くの方々は、自分は放蕩息子とは違う、この物語は自分に当てはまらないと考えるかもしれない。自分は人の道をはずしていないと。そこで私たちは放蕩息子の罪の姿の本質をとらえなければならないだろう。多くの人はこの物語を読んで、この弟息子は父親を離れて遠い異国の地で、どんな悪いことをしたのだろうと想像する。酒と女に溺れて、ギャンブルに手を出し、といろいろ想像する。けれども、彼の一番の問題はそこにはない。彼はハッと我に返った時、誰を意識しただろうか。自分の醜態をつぶさに見てしまった異国の地の人々のことか。違う。ほとんど忘れていて、心の片隅に追いやっていた父親のことであった。彼は父親に申し訳なかったと父親を意識している。彼は父親を父親とも思わない態度に出て、父親から分けてもらった財産を自己中心的な目的のために使い果たしてしまった。彼は長年、父親に対して傲慢であった。不道徳なことをしたというのは表面的な問題にすぎない。一番の問題は愛に富む父親との関係がだめになっていたということ。そして父親の財産を食いつぶしてしまったということ。彼に与えられた財産というのは、彼の努力で勝ち取ったものではなかった。それは与えられたものであったから、全くの恵みだった。彼はこの恵みを恵みとしないで、踏みにじってしまったのである。

私たち人間は、自分の力で生きているようであって、実は天の神さまの恵みで生かされている。このからだも、この地上でのいのちも神さまからの賜物。そして私たちが手や足を動かせるのも当然のことではない。毎日の生活の糧も神さまの恵み。キリストはある時、天の神さまからの恵みで小鳥も養われていると言った。私たちは神の恵みで生かされている。ところが神を神とせず、神を忘れ、神への感謝を忘れ、神に背き、自分を神のようにして生きている。神への傲慢である。罪というのは本質的に、神を神とせず、神を忘れ、神の恵みに感謝もせず、自己中心になって生きている姿である。神を認めず、信ぜず、愛さず、神の恵みを恵みとしない生き方が罪なのである。このような意味において、私たち人間はだれしもが我に返る必要があるのではないだろうか。神のもとへ帰る必要があるのではないだろうか。神に立ち返り、神とともに生きるというのが人間本来の姿であるはずである。

今日のタイトルは「愛に富む父親」であるが、父親の愛が良く示されているのが、20節にある、息子のもとへ走り寄る姿である。先行的な愛と言っても良い。この姿はキリストの十字架によって表わされた。神さまは、神を神とせず、神に背き、自己中心に生きている私たちの罪を赦そうと、先んじてキリストをこの地上に送り、私たち人類の罪をキリストに一身に負わせ、十字架の上で私たちの罪を裁かれた。神さまは天から十字架という低さにまで走り寄ってくださった。キリストの十字架は、神の「走り寄る愛」の姿と言えるし、私たちを赦し受けとめようということにおいて「抱きしめる愛」の姿と言える。神の愛は具体的に、十字架において表わされた。神は私たちの共通の父である。愛に富む父である。人間の創造主であり、いのちの根源である。私たちの帰りを待ちたもう父である。神は十字架というギリギリの崖っぷちまで走り寄り、私たちの罪をすべて赦し、私たちを抱きしめ、私たちを神の子にしようとしてくださっている。「しかし、この方(キリスト)を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもとされる特権をお与えになった」(ヨハネ1章12節)。私たちは本来19節にあるように「あなたの子と呼ばれる資格はありません」という存在である。だが神の子として受け入れて下さる。このお方のもとへ、救い主キリストを信じて帰る人は幸いである。すでに信仰をもっている方も、父なる神のイメージをこのたとえを通してもう一度新たにし、豊かにしていただきたい。