「もし、あなたが安息日に出歩くことをやめ、わたしの聖日に自分の好むことをせず、安息日を「喜びの日」と呼び、主の聖日を「栄えある日」と呼び、これを尊んで、自分の道を行かず、自分の好むことを求めず、無駄口を慎むなら、そのとき、あなたは主をあなたの喜びとする」(イザヤ58章13,14節前半)。今日は、安息日をテーマに学びたいと思う。神さまは一週間のうち一日を取り分けられ、先のように、安息日を尊ぶことを教えられた。新約時代から、主イエスがよみがえられた週の初めの日、日曜日が安息日となったが、当初、安息日は土曜日であった。正確に言うと、安息日は金曜日の日没から始まって土曜日の日没で終わる。安息日の規定はモーセの十戒の第四戒で定められた。「安息日を覚えて、これを聖なるものとせよ」(出エジプト20章8節)。主イエスの安息日の行動を見ると、安息日ごとに会堂で礼拝をささげられ、またみことばを教える働きをされていたことがわかる。「それからイエスはご自分が育ったナザレに行き、いつもしているとおり安息日に会堂に入り、朗読しようとして立たれた」(4章16節)。安息日に神を礼拝することは主イエスご自身尊んでおられたことである。神を礼拝するということは人としての最優先の務めであり、霊、たましいの養いと安息のためにも必要なことであった。今日の記事を見ると、パリサイ人たちが主イエスの安息日の行動を問題にしていることがわかるが、それは、礼拝以外の時間の使い方、過ごし方である。いつしかユダヤ人たちは、安息日に関して度を過ぎるこだわりを見せるようになっていた。
その歴史的背景だが、彼らの安息日の強調は、紀元前587年にエルサレムがバビロニアによって滅ぼされて捕囚の身となり、国外に散らされたことに端を発している。外国に住んでいる離散したユダヤ人たちは、誰が本当のユダヤ人なのか、それがわかる行為が求められることになる。結局、割礼を受けることと安息日を守るということが神の民のしるしとして重要になってきた。割礼というのは男性だけである。しかも裸にならなければわからない。それで安息日を守るという誰にでもわかるあり方がユダヤ教徒のしるしとして最重視されることになっていく。確かに安息日を守るという行為は、神が神の民のしるしとして定められたことでもあった(出エジプト31章16,17節)。今で言えば、日曜日礼拝するのはクリスチャンのしるし、といったところである。安息日の強調自体は良かったのだが、安息日は何のためにあるのかという本質的なことがなおざりにされ、枝葉末節にこだわり出してしまった。それは仕事に関してである。「安息日」の原語<シャバット>ということばは、もともと「やめる」ことを意味する。通常の仕事をやめるのは安息のためである。ところが、何が人間にとって安息であるのか、その意義を見失って、何が仕事で何が仕事でないのか明確に定義する作業に入っていった。ユダヤ教の文書「ミシュナー」には、安息日を汚す39種類の主要な労働が記されている。「種蒔き、耕うん、刈り入れ、束作り、脱穀、もみ殻ふるい、作物を洗うこと、粉に挽くこと、ふるい、パンこね、パン焼き、羊毛刈り、それを洗ったり打ったり染めること、紡ぎ、織ること、二つの糸環を作ること、二本の糸を織ること、二本の糸を分けること、結び目を作ること、結び目をほどくこと、二針以上縫うこと、二針縫うためにかき裂くこと、カモシカを狩ること、それを殺したり皮をはいだり、塩漬けにしたり、皮を乾かすこと、それを切り抜いたり、裁断すること、二文字以上書くこと、二文字書くために消すこと、建てること、倒すこと、火を点けること、火を灯すこと、金槌でたたいたり、何でも一つの場所から他の場所へ移すこと」。
さて、以上のようなことが背景にあって、今日の安息日論争が生まれる。「ある安息日に、イエスが麦畑を通っておられたときのことである。弟子たちは穂を摘んで、手でもみながら食べていた」(1節)。これをパリサイ人たちは非難する(2節)。律法では、空腹の時、他人の麦畑の穂を食べることを許している(申命記23章25節)。だから、そのことを非難しているのではない。安息日にしてはいけない労働をしたと非難した。先ほど、安息日に禁じられていた39種類の労働を紹介したが、その中のある事柄を弟子たちはしたと判断した。それは二つある。何かと言うと、刈り入れと脱穀である。穂を摘むというのが刈入れで、手でもむというのが脱穀である。そう解釈した。
主イエスは、彼らと同じ論法で、何が労働で何がそうでないのか、そのボーダーラインを論じ合いましょう、行為の正しいマニュアル作りをしましょう、とはやらない。規則を細分化して小さな禁止命令をたくさん作る律法主義、マニュアル主義は意味がないからである。同じような思考パターンになって、日曜日の午後は洗濯は許されるでしょうか?買い物はしてもいいでしょうか?スポーツはしてもいいでしょうか?許されるのはどこまででしょうか?と問う方々がおられる。安息日の過ごし方に迷いがある場合、安息日の意義を問い直せば良いことである。安息日の意義は三つに分けられるだろう。第一は、安息日は礼拝の日であるということ。神を第一としていることを礼拝によって表す。第二は、安息日は心とからだをリフレッシュさせる日であるということ。今日は神との交わりに時間を割くために、他の予定は入れないという人がいるだろう。体を休息させることにいつもより時間を使いたいので、午後はのんびり過ごすという人もいるだろう。あるいはリフレッシュするために何か体を動かすレクリエーションをしたい、という人もいるだろう。リフレッシュしたいと言っても、何がリフレッシュになるかは、人によって違ってくる。ある人にとって心と体をリラックスさせることであっても、他の人にとってはストレスでしかないかもしれない。行為の種類で判断することではない。第三は、6~11節で見るが、安息日は隣人に善を行う日であるということ。よって、知人に頼まれて手伝いをしたり、家族のために様々時間を使う選択も生まれる。こうした観点からも、人によって動きは変わってくる。本人と神さまとの関係で、安息日にふさわしいと思える過ごし方ができれば、それでいいのである。礼拝を除けば、万人に共通するマニュアルなどない。
では、引き続き、安息日に関する主イエスの教えを見ていこう。主イエスは、旧約聖書から一つの事例を取り出す(3,4節)。それは、安息日における主イエスと弟子たちの行為に似ているものであった。それはダビデと部下たちの安息日の行為だった。空腹という設定も同じである。食べるという行為も同じである。主イエスはダビデとご自身を並行させているが、ダビデの行為ということがパリサイ人たちの口を封じるものとなる。ダビデはユダヤ人にとって特別の存在である。それはただ尊敬されていた存在というだけではなく、ダビデはメシアの原型とされていた。来るべきメシア(救い主)のことを、ユダヤ人たちは「ダビデの子」と呼んだ。3節で主イエスは、「ダビデがしたことを読まなかったのですか」と言っておられるが、「ダビデ」ということばは聞く者にとって重みがある。
ダビデがしたこととは、第一サムエル21章1~7節に記されている。時の王はサウルであった。サウルダビデにとっては義理の父でもあった。ダビデはサウル王のねたみを買い、命を狙われ、逃亡生活を送っていた。そんな、ある安息日の事であった。祭司アヒメレクのもとにダビデたちがお腹を空かしてやってきた。4節の「臨在のパン」とは、神の前に供えたパンのことで、このパンは聖別されたパンとして祭司たちだけが食べることを許されていたパンであった(レビ24章8,9節)。ダビデたちに与えられるのはこのパンしかなかった。第一サムエル22章10節を見ると、アヒメレクはこのパンをダビデたちに与えていいかどうか主に伺いをたてたことが記してある。「アヒメレクは彼のために主に伺って」とある。その上で、ダビデたちに与え、ダビデたちは食べることになった。緊急事態において主は許され、ダビデたちは食べた。安息日の主がそれを許されたのである。それは、安息日の精神にかなうものであった。空腹のまま衰弱させるために安息日があるのではなかった。ダビデたちが食べたのは祭司が食べる聖別されたパンであったが、そのダビデたちの行為が許されて、麦畑での主イエスの弟子たちの行為が許されないという道理はない。
「そして彼らに言われた。『人の子は安息日の主です。』」(5節)。主イエスは安息日を制定された主なる神であり、安息日を始めとする律法の真の解釈者である。安息日におけるダビデの行為を主が許されたように、この時の弟子たちの行為も主が許された。それは安息日の精神にかなうと。安息日を制定された主の解釈は絶対である。
別の安息日にまた問題が起きた(6~11節)。会堂に右手の萎えた人がいて、イエスはこの男をいやすかどうかパリサイ人たちが監視していた。福音書を見れば、これ以前に、主イエスが安息日にいやしのみわざを行っていたことがわかる(4章38,39節)。イエスは安息日にご法度を破っているといううわさは耳に入っていただろう。7節の「じっと見ていた」というまなざしがいやらしい。主イエスへの愛慕の気持ちも尊敬の念も感じられないまなざしである。非難の口実を見つけるための蛇のようなまなざしである。特高警察のようなまなざしである。彼らは、主イエスがいやしという労働をするかどうか監視し、逮捕状を突き付ける瞬間を狙っていた。ラビの伝統では、安息日に曲がった体をまっすぐにすることや、折れた腕を固定することなどを仕事として禁じていた。安息日の主であるイエスさまからすれば、こうしたことを禁じることは、安息日の精神を破壊することでしかない。
8節に「イエスは彼らの考えを知っておられた」とあるが、だが、主イエスは委縮することなく、堂々とふるまう。右手の萎えた人を真ん中に立たせる(8節)。そしてパリサイ人たちに問いかける。「あなたがたに尋ねますが、安息日に律法にかなっているのは、善を行うことですか、それとも悪を行うことですか。いのちを救うことですか、それとも滅ぼすことですか」(9節)。彼らは沈黙を守る。もし、「安息日に律法にかなっているのは、善を行うこと、いのちを救うことです」と答えてしまったら、主イエスのいやしのわざを見た場合、安息日にしてはならないことをした、という非難は力を失うことになる。かといって、「悪を行うこと、いのちを滅ぼすことです」と答えることもできない。彼らは沈黙を守ることが得策と考えた。
主イエスはこの場面で、「安息日に律法にかなっているのは」と問いかけたわけだが、律法とはそもそも何のためにあるのだろうか。ある時、主イエスは、律法を要約すれば「心を尽くし、いのちを尽くし、知性を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい」と、「あなたの隣人をあなた自身のように愛しなさい」、この二つになることを語られた(マタイ22章34~40節、他)。「安息日に律法にかなっているのは」いうことだが、安息日に礼拝を通して神への愛を示すことは律法にかなっているだろう。同じように、安息日に隣人を助けることによって隣人への愛を示すことは、それこそ律法にかなっている。安息日こそこの二つが実践されてしかるべきである。主イエスは安息日の精神にかなうことを実践しようとされた。しかし、それを罪と断定するパリサイ人たちは、安息日の精神を破壊する者たちでしかなかった。
「そして彼ら全員を見まわしてから、その人に『手を伸ばしなさい』と言われた。そのとおりにすると、手は元どおりになった」(10節)。全く、個人的な見解だが、この時のイエスさまのいやし方は冴えているな、と思った。4章40節には「イエスは一人ひとり手を置いて癒された」とあるが、そのような手段はとっていない。彼に触れてもいない。ただ「手を伸ばしなさい」と言っただけである。整骨院に行くと、「手を伸ばしてみてください。手はどのぐらいまで上がるかな。ああ無理だね…」。それはいやしの前段階である。「手を伸ばしなさい」ということばだけ聞いて、いやしのわざを行ったと、きつく非難できるだろうか。主イエスはナイスないやし方をされたと個人的には思っている。パリサイ人たちは主イエスのことばに態度に面目を失い、地団駄踏み、今に見ておれ~、となった(11節)。「彼らは怒りに満ち」とあるが、安息日とは、安息日の主を怒る日だろうか。彼らはこの恐ろしい罪に気づいてはいない。
パリサイ人たちは安息日に会堂での礼拝を守っていたが、安息日の主が安息日に会堂で教えられると、その主を主として認めないばかりか、主に対して悪い感情を向け、教えに耳を閉ざした。体は会堂にあったが、礼拝の精神は壊れていた。そして1~5節で見たように、安息日に食べて体を元気づけ、回復させることも認めなかった。そして6節以降で見たように、隣人に善を行うことも認めなかった。安息日の守り方ということにおいて、彼らこそ、すべてがアウトであった。最初のほうで、安息日の三つの意義である、礼拝、リフレッシュ、隣人に善を行う、の三つをお伝えしたが、彼らは全部がアウトだった。彼らは反面教師になっているわけである。
最後に、安息日は日曜日に引き継がれたことに簡単に触れて終わろう。主イエスは週の初めの日の朝よみがえり、マリアたちの前に現れ、彼女たちは主を礼拝した(マタイ28章1,9節)。その日の夕方は弟子たちの前に現れた(ヨハネ20章1,19節)。弟子たちへの二度目の出現も週の初めの日、すなわち日曜日だった。その時トマスは主を礼拝した(ヨハネ20章26~29節)。教会の誕生日とされるペンテコステも日曜日である(使徒2章)。誕生した教会は週の初めの日にパンを裂くために集まった(使徒20章7節)。すなわちそれは礼拝したことを意味している。この日曜日は、初代教会において「主の日」と呼ばれることになった(黙示録1章10節)。主の日は礼拝をささげる日となった。初代教会時代の文書「十二使徒の教訓(ディダケー)」にはこうある。「主の日ごとに集まって、あなたがたの供え物が聖くあるよう、まずあなたがたの罪過を告白した上で、パンを裂き、感謝をささげなさい」。このように、日曜日に誕生した初代教会は、日曜日である主の日に礼拝をささげることになった。
一週間のうち一日を取り分ける原則を守っていれば、現代は曜日にこだわる必要はないはずだと言われる方がいる。自分の都合に合わせればそれで良いのだと。しかし、新約聖書も初代教会も、あきらかに主キリストが復活された「週の初めの日」である日曜日を聖別して礼拝の日として過ごすように教えている。神の摂理によって、カレンダーも日曜日は休みの日となっている。これが聖書から来た習慣であることを多くの人は知らない。なぜ日曜日が休みの日となっているのかも知らない。私たちはこの日曜日を、安息日の精神にならって過ごすべきであろう。どうぞお一人お一人が、主の日を安息日として良き過ごし方できますように。

