私たちはクリチャンになる前、クリスチャンになると真面目にならなくちゃいけないのかと抵抗を覚えた方もいるだろう。聖書の教えは禁欲主義でもなければ快楽主義でもない。神さまは私たちが楽しめるものを楽しめるようにと造られた。それを味覚、触覚、聴覚、視覚をもって楽しむ。神さまは楽しむ人生を備えてくださった。ただ、神さまはそこに一定のルールを定められた。体に害を与えたり、たましいに害を与えたり、隣人に害を与えることはお許しにはならない。児童公園の周囲に柵が設けられたりするのは、子どもを束縛するためではなく、そこから急に飛び出して自動車に轢かれたりしないためである。子どもの安全のためである。聖書の戒めもその通りである。私たちの幸せのための戒めである。それをわきまえて生活するとともに、私たちは神に喜ばれることをしようという積極的な視点が大切なわけである。私たちは、それがどこまで許されるのかという視点で考えるわけだが、むしろふさわしいのは、神に召された者としてどうすることが神に喜ばれることなのかという積極的視点である。1節に「神に喜ばれるためにどのように歩むべきか」とあるとおりである。
テサロニケの教会は全体的には神に喜ばれる歩みをしていた。けれどもまだ成長途上である。まだ未熟で欠けがある。それは前回もお話した通りである。パウロの姿勢は、親が子どもの人としての成長を喜びながら、さらなる成長を願い、見守り、コーチングしていくような姿勢である。「あなたがたは、神に喜ばれるためにどのように歩むべきかを私たちから学び、現にそう歩んでいるのですから、ますますそうしてください」(1節)。そうしてパウロは、クリスチャンの実際的な信仰生活を教えていく。4章から新しい区分である。1節を良く見ると「最後に兄弟たち」という呼びかけで始まっているが、「えっ、もう話が終わってしまうの」と誤解しないで下さい。これは新しいテーマに移行するときの修辞的表現である。これまで、テサロニケのクリスチャンたちの苦難を中心に語ってきたが、ここから信仰生活についての具体的な教えとなる。神に喜ばれる信仰生活を願っての教えである。今日学ぶ教えは、パウロがテサロニケで宣教していたときにすでに教えていたことであったようだが、大切なことなので繰り返している。それは三つある。
第一に、性的不道徳を避けること(3~8節)。6節後半に、「私たちが前もってあなたがたに話し、厳しく警告しておいた」とある。パウロは短期間しかテサロニケに滞在できなかったが、これは重大な問題だという認識があったので、性的不道徳について前もって厳しく釘を刺しておいた。コリント教会はこの点においては全くだめで、パウロは露骨に非難することになる。テサロニケの教会はそうではないが、不安要素があったのだろう。彼らを取り巻く性的堕落の環境はひどかった。ローマ帝国全体が堕落していた。歴史家はローマ帝国が滅びたのは、道徳的堕落が大きな要因であるとまで言っている。このテサロニケも同様であった。若い男性に限って言えば、若い男性が結婚前に性的快楽に身をゆだねることは社会的に受け入れられていた。古代ローマの哲学者として有名なキケロは、紀元前1世紀にテサロニケに滞在し、青年の快楽を擁護する文章を残している。また当時、テサロニケで崇拝されていたデュオニソス、アフロディティ、オシリスとイシス、カベイロスといった神々の儀式、祭りは、性的不道徳(売春)がつきものだった。日本では江戸時代頃まで、神社や寺に参詣をすませた男たちが、その足で門前の色街に立ち寄って、歓楽に耽ることを“精進落とし”と称していた。3節にある「淫らな行い」<ポルネイア>ということばは、もともと売春婦との性的関係を意味していた。この手紙が書かれた当時、売春婦は男性の性的欲求を満たすための「男性の所有物」として位置づけられていた。そしてまた、妻は子孫を残すためにいる、愛人は快楽のためにいる、妾は身の周りの世話をさせるためにいる、とされていた。日本でも昔、聞いたような話である。だが、性的不道徳は昔だけの話ではない。現代でもご存じのように、性的不道徳を肯定する風潮である。婚前交渉は教育の世界でも当たり前に認められてしまっている。映画、テレビ、書籍、ネット、芸術、ありとあらゆるものが性的不道徳に誘う。パウロは、「神のみこころは、あなたがたが聖なる者となることです」(3節前半)と断言する。「聖なる者」ということばは、特に性的不道徳が意識されている。その後の文章からわかるように、パウロは婚前交渉も婚外交渉も許しておらず、自制心を求めている。この不道徳に関する罪はその人のからだに対する罪では終わらずに、6節の「また、そのようなことで、兄弟を踏みつけたり欺いたりしないことです」が暗示するように、その本人が関係するところの他者に痛みを与えてしまうことになる。パウロは性的不道徳を7節では「汚れ」と呼び、「聖さ」と対峙させている。「神が私たちを召されたのは、汚れを行わせるためではなく、聖さにあずからせるためです」。「汚れ」と聞くと、ウイルスや細菌を想像し、そうしたものには敏感な現代人だが、こちらの「汚れ」に対してはどうであろうか。鈍感であろう。
パウロは8節において、性的不道徳は神との関係をだめにしてしまうものであると告げている。「あなたがたにご自分の聖霊を与えてくださる神を拒むのです」と。聖霊について言及されているが、「聖霊を悲しませる」、「聖霊を消す」ということになる。「聖霊」は聖い霊なので、「汚れ」と共存できないのである。20世紀末に聖霊運動が盛んになった。聖霊によるしるし、不思議、奇跡、力、愛、そういったことが強調されたが、聖霊が口にされつつ、なぜか傲慢、貪欲、汚れのニュースが飛び交った。聖霊は傲慢、貪欲、汚れと共存はしない。ある人は、安易に聖霊が口にされる傾向があることについてこう語っている。「初代教会において聖霊が注がれるとき、人々は悔い改めた。そこに悔い改めが感じられないときは、注意すべきだ」。「聖霊は水のようだ。最も低いところを求めて流れる。そのお方は、ただ砕かれ、へりくだった心にだけおいでになる」。その通りである。「汚れ」というポイントに戻ると、汚れに誘うのもサタンの働きである。前回は3章5節からサタンの誘惑ということも学んだが、私たちは、性的不道徳もサタンの誘惑に関係するものであることも知っておこう。私たちが誘惑に負けるとき、聖霊は悲しむが、サタンは私たちを軽蔑し、冷たい笑いを浮かべるのである。誘惑に会うとき、私たちは、こうした背後の霊的現実を見据える冷静さが必要である。
第二は、兄弟愛を実践すること(9,10節)。「兄弟愛についてあなたがたは書き送る必要はありません」(9節前半)と言われているぐらいに、テサロニケは愛の教会であった。折り紙付きである。コリントの教会は正反対で、争いに満ちた教会であった。テサロニケの教会は、コリントの教会のように愛することについて手紙で長々と教えなければならない教会ではなかった。苦難の中で一致結束していた。この一致結束し、互いに愛し合う姿は、この世には見られない姿として証となり、周囲の人々を惹きつけたはずである。主イエスはヨハネ17章の祈りの場面で、「父よ。あなたがわたしのうちにおられ、わたしがあなたのうちにいるように、すべての人をひとつにしてください。・・・あなたがわたしを遣わされたことを世が信じるようになるためです」(21節)と祈られた。互いに愛し合い一つであることが宣教の土台、いや宣教そのものであるが、テサロニケの教会はこの点においてすぐれていた。彼らは互いに愛し合うというばかりか、苦難の中で他の教会にまで愛を実践していた。「マケドニア全土のすべての兄弟たちに対して、それを実行しているからです」(10節前半)。テサロニケの教会は、外に対しても愛の教会であった。教会はやはり、どことも交わりを持たないで孤立しているというのは聖書的ではない。その地域の福音的諸教会と、また日本全体の福音的な諸教会と、また海外の教会にもつながって協力を進めるのが健全な姿である。まちがっても、どことの教会とも交わりを断ってカルト化するようなことがあってはならない。パウロの勧めでユニークなのは10節後半である。「兄弟たち、あなたがたに勧めます。ますます豊かにそれを行いなさい」。愛の実践において、もうこれで十分ということはないのである。「ますます豊かにそれを行いなさい」である。
第三は、自分の手で働くこと(11,12節)。障害を負ったとか、病気になったとか、家事に専念する身であるとか、高齢の身であるとか、そのような立場にない限り、働ける人は自活のために働くということである。パウロはなぜここで自分の手で働くようにと勧めているのだろうか。これまで、その理由として、主の再臨が間近であると考えて、働く意志を失って仕事を放棄していた人たちがいたのだと、それが事実であるかのように言われることがあるが、それは仮説にしかすぎない。仕事をしないことと再臨を関連づけている言及は聖書のどこにもない。テサロニケ人への手紙にもない。主の再臨が近いという認識が仕事をしなくなった理由だというのは、あくまでも推測である。働かない理由は他にも考えられる。当時のテサロニケにあっての経済生活の基盤に目を向けたほうが良いかもしれない。当時の社会階級は階層的で、上流階級の者たちが下層階級の者たちを保護、支援した。それは一方的な支援ではなく、支援を受けている者たちは支援者の要求に応えて政治活動その他をするという相互扶助の関係であった。こうした背景から、当時、誰々から財政的支援を受けているから自活しなくてもいいと、パトロン的存在に頼りきって、自分の手で働いて生計を立てようとしない者たちがいたことも考えられる。12節後半には「だれの世話にもならずに生活するためです」とある。新改訳第三版では「乏しいことがないようにするためです」と訳されていたが、新改訳2017の訳の「だれの世話にもならず生活するためです」のほうが、実態をより浮き彫りにしてくれる訳かもしれない。パトロンに頼り、パトロンの支援を受けることに慣れてしまい、他者への甘えと依存のうちに、働かずにいるという可能性があったことも頭に入れておきたい。
パウロは働けるのに働かないでいる怠惰について、テサロニケ滞在期間中、直接戒めていたようである。参考までに、テサロニケの手紙第二3章10~13節を読んでみよう。パウロは10節で「あなたがたのところにいたとき、働きたくない者は食べるな、と命じました」と言っている。パウロはこの働くという教えを顔と顔を合わせて語っており、それでも足りず、第一の手紙で語り、またそれでも足りず、第二の手紙でも繰り返して語っているわけである。11節に「何も仕事をせずおせっかいばかり焼いている人たちがいると聞いています」とある。「おせっかいばかり焼いている」と訳されていることばは、「いたずらに歩き回って他人に干渉すること」を意味する。仕事はしないが他人に干渉するために歩き回っていたのである。「おせっかいばかり焼いている」と訳されていることばの字義的な意味は、「歩き回る」である。過度に、余計に動き回る印象がある。実際、「過度に、余計に」を意味することばが単語の頭に来ている。過度に、余計に動き回って他人に干渉していた。パトロンの益のためと思っての動きであったのだろうか。接する相手のためと思っての動きであったのだろうか。だが、パウロの目にもそれはむだな動きであった。本人に必要なことは、自立するためにも、外部の人々に対して証となるためにも、自分の手で働くことに時間を使うということである。
以上、神に喜ばれる信仰生活を送るための三つの教えを学んだ。これまでのテサロニケの教会の手紙の学びから、テサロニケの教会の特徴を幾つも教えられてきた。テサロニケの教会は、苦難の中にある教会である。そうした中、主の再臨を待ち望む教会であったということがあり、また非常にすぐれた特徴としては、神のことばを神のことばとする教会ということであり、さらには愛の教会であるということである。テサロニケの教会は模範的な教会とさえ言える。そうであっても、まだ若い教会で成長途上であり、不安要素もあるので、また地上に完全な教会などないので、パウロは今日の区分では、神に喜ばれる信仰生活とは何かということを教えた。私たちは自分の弱い点をそれぞれが自覚しているかもしれないが、聖書のみことばを自分を見る鏡としていこう。毎朝、鏡で自分の顔を見る習慣があると思うが、見たくなくても気になって見てしまうが、もう一つ前にしたい鏡は、聖書という鏡である。自分の姿がそこに映ってしまうわけだが、その現実を受け入れ、へりくだって主に喜ばれる姿を追い求めていこう。

